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札幌地方裁判所 平成4年(ワ)5106号 判決 1994年4月15日

原告

澤田律子

右訴訟代理人弁護士

武田英彦

被告

前平幸男

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

金谷幸雄

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六五七九万六八六〇円及びこれに対する昭和六二年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一億三〇八六万四三四七円及びこれに対する昭和六二年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の運転する普通乗用自動車(以下「被害車両」という。)と被告前平幸男(以下「被告前平」という。)の運転する大型貨物自動車(以下「加害車両」という。)との間の交通事故につき、原告が被告らに対し、民法七〇九条ないし自賠法三条に基づき、損害の賠償を請求している事件である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  本件事故の発生

原告が、昭和六二年八月二五日午前六時五五分ころ、被害車両を運転し、北海道千歳市泉郷一四〇番地先路上において、進行方向右側にある空地に駐車するため、右折を開始したところ、被告前平の運転する加害車両が、被害車両を追い越そうとして追突し、被害車両は、道路右側にあった側溝上に、左側(助手席側)を下にして横転した。そこで、原告は、横転した被害車両の上部(運転席側)のドアから車外に出ようとしたが、その際、右側溝に転落し、第一二胸椎脱臼骨折、腰髄損傷、歯骨々折等の傷害を負った。

2  原告の入院状況

原告は、次のとおり、昭和六二年八月二五日から同六三年六月二三日まで、三〇四日間入院した。

(一) 遠藤病院

昭和六二年八月二五日と同月二六日の二日間入院

(二) 岩見沢労災病院

昭和六二年八月二六日から同年一〇月二一日まで五七日間入院

(三) 美唄労災病院

昭和六二年一〇月二一日から昭和六三年四月二一日まで一八四日間入院

(四) 北海道リハビリテーションセンター

昭和六三年四月二一日から同年六月二三日まで六四日間入院

3  原告の後遺障害

原告は、腰髄損傷による対麻痺のため、下半身の運動・知覚麻痺、膀胱直腸傷害等が残存し(昭和六三年六月二三日に症状固定、以下「本件後遺障害」という。)、右後遺障害は、自賠責保険において、後遺障害等級第一級三号(神経系統の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)に該当する者と認定された。

二  争点

被告らは、本件事故発生について被告前平には過失がなく、本件事故と原告の受傷との間には相当因果関係はないと主張するとともに、損害額を争っている。

第三  争点に対する判断

一  本件事故態様及び被告らの責任

1  前記第二の一1の事実と証拠(甲一九ないし二一、二二の1ないし12、二三、乙一ないし三、原告、被告前平)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、国道三三七号線方面から協和方面に通じる北海道千歳市泉郷一四〇番地先路上(道々舞鶴追分線)であり、右道路は、本件事故当時、幅約5.6メートル(道路右側は約2.9メートル、道路左側は約2.7メートルの片側各一車線)の、アスファルトで舗装された道路で、制限速度時速四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し禁止の各交通規制がなされ、右現場付近にはその旨の各標識が設置されているほか、黄色の中央線がひかれていた。

また、国道三三七号線方面から本件事故現場付近にいたるまでの約六〇〇メートルの区間は、多少の上り下りのある小さな左右のカーブがあり、そこを抜けてほぼ直線状態となってから六〇メートルほど進行したところが本件事故現場であるところ、その左側は畑地となっており(畑地内の脇道を通ると後記小川農場の畑がある。)、右側(山側)には、車両が一台ほど駐車できる空地(間口は約五メートル、奥には小屋が建っている。)があり、その空地の両側には、本件道路に沿って、深さ一メートル前後、幅二メートルほどの側溝があり、その側溝の下には更にU字溝が埋められている。

(二) 原告は、昭和六二年八月二五日午前六時五五分ころ、被害車両を運転し、同乗者八名とともに小川農場の畑に働きに行くため、本件事故現場の約六〇〇メートル手前の横道から右折して本件道路に進入し、協和方面に向かって、時速約三〇キロメートルで進行し、本件事故現場の一〇〇メートルないし一五〇メートル手前の地点で右折の合図をし、徐々に減速したうえ、進路右側にある前記空地に駐車するため右折を開始したところ、被害車両を追い抜こうとして反対車線にはみ出て進行してきた加害車両が、急制動をしたものの止まり切れず、その前部を被害車両の後部右側に衝突させ、その結果、被害車両は、進路をはずれたため、空地の左側(協和方面)にある側溝上に、側溝を跨ぐような状態で左側(助手席側)を下にして横転し、停止した。

他方、被告前平は、前記日時ころ、加害車両を運転し、本件道路を時速約六〇キロメートルで進行していたところ、その前方を被害車両が本件道路に進入してきたが、すぐに追いつき、減速してそのまま同車の後をついて進行したが、途中、被害車両が右折の合図をしたものの、右に入る道路は思いあたらないので自分に道を譲ってくれるものと思い、小さなカーブを経て道路が直線状態になったこともあって、反対車線にはみ出て被害車両を追い抜こうとし、前記のとおりの結果となった。

(三) 被告前平は、本件事故後すぐに被害車両のところに行き、運転席でシートベルトをして宙づり状態になった原告を認めたが、怪我はないと思い、車両内の左側に落ちて騒いでいた他の同乗者の様子を見るため、被害車両の周りを回って側溝の中に行くなどしていたところ、原告は、その間に、横転した被害車両の運転席側(上部)のドアから脱出しようと試み、シートベルトに掴まって、ドアを押し上げ、車外に這い出ようとしたが、その際、身体がねじれ、外に出た時は仰向け状態となり、上半身が被害車両の右前輪の上に乗ったため、車輪が回転し、仰向けの状態で頭から側溝に転落し、背中部分を地面に打ちつけ、その結果、第一二胸椎脱臼骨折、腰髄損傷、歯骨々折等の傷害を負った。

(四) 本件事故現場には、加害車両による長さ約18.1メートルのブレーキ痕が反対車線上に斜めに印象されている(ただし、加害車両の左車輪でできたブレーキ痕は中央線左側付近から始まっている)。

また、加害車両は、車高約3.25メートル、車幅約2.49メートル、車長約7.61メートル、乗車定員三名の大型貨物自動車(積載量約一〇トン)であり、被害車両は、車高約1.92メートル、車幅約1.69メートル、車長約4.35メートル、乗車定員九名の普通乗用自動車であるところ、本件事故によって、加害車両は前部バンパー等を破損し、被害車両は右後部バンパー等を破損した。

2  被告らは、原告は横転した被害車両から脱出する際、被害車両の右前部ドアの側面に立ち上がり、その後右前輪上に乗ったところ、車輪が回転したため転落し、その結果負傷した旨主張し、被告前平は被害車両の右前部ドアに原告の足跡があった旨供述するが、同被告は、運転席内の原告の様子を見てから、側溝の中に入り、他の者を救出しようと試みた後、再び、原告のいる運転席の方へ行ったところ、丁度、原告が落ちるのを見たと供述しているのであって、原告が被害車両の右前部ドアの上に立ったのを見たと供述しているわけではなく、結局のところ、被告らの右主張を裏づけるに足りる客観的な証拠はないというべきである。

また、被告らは、原告は本件事故現場に至るまでの約六〇〇メートルの間ずっと右折の合図をしていたと主張し、被告前平はその旨供述するのに対し、原告は、加害車両との車間距離がそれほどなく、若干の下り勾配であったことから、右折を開始する一〇〇メートルから一五〇メートル手前で右折の合図をした旨供述しているところ、本件事故現場の状況に照らすと、左右のカーブが続く間ずっと右折の合図をしていたとは考え難いのに対し、原告の右供述にはより合理性が認められることからすれば、被告前平の右供述は採用することはできない。

3  以上によれば、本件事故発生について、被告前平には、本件道路に追越しのための右側部分はみ出し禁止の規制があり、かつ、被害車両が右折の合図をしているのを認めたのにもかかわらず、原告が自分に道を譲ってくれたと誤った判断をし、被害車両の右側から反対車線に進行して同車を追越そうとした点に過失があったと認めるのが相当であり、また、被告有限会社細井運輸(以下「被告会社」という。)が加害車両を自己のために運行の用に供する者であることは争いがないから、被告前平は民法七〇九条に基づき、被告会社は自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

二  本件事故と原告の傷害との間の因果関係

原告の傷害は、加害車両との衝突によって被害車両が横転し、原告がその横転した被害車両から車外に出る際、過って転落したことによって生じたものであるが、本件事故態様や本件事故現場の状況に鑑みれば、加害車両と被害車両との衝突によって被害車両が横転したことは勿論、原告が横転した被害車両から出る際に転落することや、その転落によって原告が傷害を負うことは、被告らにとっても、一般通常人にとっても、予見可能なことであるから、本件事故と原告の傷害、更には、本件後遺障害との間には相当因果関係があるというべきである。

三  原告の損害

1  入院雑費 三〇万四〇〇〇円

(請求額三六万四八〇〇円)

原告は本件事故のため遠藤病院等に三〇四日間入院したところ、その入院期間中に諸雑費を必要とすることは明らかなので、右日数に鑑み、一日当たり一〇〇〇円として、三〇四日分の計三〇万四〇〇〇円を入院雑費として認めるのが相当である。

2  付添看護費 二七万円

(請求額三〇万円)

証拠(甲二、原告)によれば、原告の右入院期間のうち六〇日間は、原告の近親者が原告に付き添って看護したことが認められ、原告の傷害の部位・程度に照らすと、原告は、少なくとも右期間中、近親者による付添看護を必要としたと考えられるから、入院一日当たり四五〇〇円として、六〇日分の二七万円を付添看護費と認めるのが相当である。

3  将来の介護費

二六八四万一七三五円

(請求額三一三一万五一七五円)

原告(昭和二〇年一一月一五日生)の後遺障害の内容・程度に照らすと、原告は、症状固定後においても、将来にわたって近親者等の介護を必要とすることは明らかなので、一日当たり四五〇〇円(年一六四万二五〇〇円)として、症状が固定した満四二歳からの平均余命である四〇年間について、ライプニッツ方式(係数は17.2943から0.9523を引いた16.342)により年五分の割合による中間利息を控除した本件事故時における現価を算定した額である二六八四万一七三五円を将来の介護費として認めるのが相当である。

被告らは、原告が社会福祉法人岩見沢緑成園で生活し、そこでの一か月当たりの自己負担分が一万七五〇〇円であること(乙六参照)を根拠として、原告の将来の介護費用を算定するには右金額を基礎とすべき旨主張するが、そもそも将来の介護費が右緑成園での自己負担分に尽きるとまではいえないうえ、原告は、自宅の改造工事ができたら自宅に戻って生活したい旨供述していることに照らすと、被告らの右主張を直ちに採用することはできない。

4  装具費 二七万二一二〇円

(請求額右同額)

証拠(甲一七)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件後遺障害のため、胸椎装具及び車椅子(二台分)を購入し、計二七万二一二〇円を支出したことが認められる。

5  自宅改造費 五五〇万円

(請求額右同額)

証拠(甲一五、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、将来自宅で生活するため、自宅を改造する工事代金として一一〇〇万〇四〇〇円を必要とすることが認められ、このうち、少なくとも五五〇万円が本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

6  休業損害四七五万五一六八円

(請求額右同額)

証拠(甲一〇ないし一二、二六、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、父母と同居して、一家で農業に従事していたところ、昭和六一年の農業収入は五六〇万六五〇一円であり、右農業収入に対する原告の寄与率は七〇パーセントと認められるから、原告一人分の農業収入を換算すると、三九二万四五五〇円(一円未満切捨て)となり、また、証拠(甲一三、一四、原告)によれば、原告は、本件事故当時、右農業のほかにアルバイトとして、有限会社小川農場や有限会社真栄造園で働いており、昭和六一年には、それぞれ五六万五〇〇〇円、一二一万九八〇四円の収入があったことが認められる。そして、本件事故当時の原告の年齢・家族構成等の事情からすれば、少なくとも数年間は右稼働状況が続いていた蓋然性が認められるから、右各収入の合計額である五七〇万九三五四円(日額は一万五六四二円、一円未満切捨て)を基礎とすることとして、事故発生日から症状固定日までの三〇四日間の休業損害を算定すると、四七五万五一六八円となる。

7  後遺障害による逸失利益

五二六七万八四四九円

(請求額八〇四六万七〇六四円)

原告は、本件事故当時、前記6記載のとおり、三九二万四五五〇円の農業収入を得ていたから、原告の症状固定後における逸失利益は、少なくとも右金額を基礎として、就労可能年数を症状固定時の満四二歳から満六七歳までの二五年間とし、ライプニッツ方式(係数は14.3751から0.9523を引いた13.4228)によって年五分の割合による中間利息を控除した本件事故時における現価を算定した額である五二六七万八四四九円(一円未満切捨て)を逸失利益と認めるのが相当である。

原告は、逸失利益の基礎について、有限会社小川農場及び有限会社真栄造園からの収入も考慮すべき旨主張するが、原告において、就労可能年数である二五年間のすべてにわたって本件事故当時の収入を得るとの蓋然性があるとまでは認められず、この点は慰謝料の斟酌事由として考慮することとする。

8  慰謝料 二四〇〇万円

(請求額二七〇〇万円)

本件事故の態様及び結果、原告の傷害の部位・程度、入通院状況、原告が本件事故によって農業以外の他の仕事に就労する可能性も失ったこと、その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故によって原告が被った精神的損害は、二四〇〇万円とするのが相当である。

四  過失相殺

前記のとおり、本件事故は、追越しのための右側部分はみだし禁止の規制があるのにもかかわらず、右折の合図をした被害車両が自分に道を譲ってくれたものと誤った判断をした被告前平の過失によって発生したと考えられるが、他方、原告にも、右折して本件空地に進入しようとした際、右折の合図を一〇〇メートルから一五〇メートル手前で表示した点において不適切なところがあり、また、加害車両の衝突によって横転した時点では原告は受傷していなかったのに、脱出の際に誤って転落し、本件のような重篤な傷害を負ってしまったことに鑑みると、本件事故によって生じた損害の発生については、原告にも過失があるというべきである。

もっとも、原告としては、やや下り勾配の道路において、加害車両が後方から接近していたため、早めに右折の合図をした旨供述しており、また、横転した車両内で宙づりとなった状態では、早期に脱出しようとすることは無理からぬことであるから、原告の過失と被告前平の過失を比較し、二割の限度で過失相殺をするのが相当であり、これを斟酌して原告の損害額一億一四六二万一四七二円から二割を減額すると、原告の過失相殺後の損害残額は、九一六九万七一七七円(一円未満切捨て)となる。

なお、被告らは、原告の運転行為は、「追いつかれた車両の進路避譲義務違反」として、道路交通法二七条二項に違反する旨主張するが、本件のように追越しのための右側部分はみ出し禁止の規制のある道路においては、反対車線にはみ出て追越そうとする場合には右規定は適用されないと考えるのが相当である。

五  損害の填補

証拠(甲一六、二五)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自賠責保険から二五〇〇万円、労災保険から障害補償年金として計五九〇万〇三一七円(平成五年一一月分まで)を受領していることが認められるから、原告の前記損害残額から右合計額の三〇九〇万〇三一七円を控除すると、六〇七九万六八六〇円となる。

六  弁護士費用

本件認容額、審理の内容・経過等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、五〇〇万円が相当である(請求額一〇〇〇万円)。

第四  結論

以上の事実によれば、被告らは、原告に対し、連帯して、前記六〇七九万六八六〇円に弁護士費用五〇〇万円を加えた合計六五七九万六八六〇円及びこれに対する本件交通事故の日である昭和六二年八月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

したがって、原告の被告らに対する本訴請求は、右の限度で理由があるからその限度で認容し、その余はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官見米正)

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